命の危険から守られた経緯 12選

日常生活

神様が今まで命を助けてくださったことがたくさんあると教えてくださいました。

これまでの人生を振り返り、今日の記事にそのいくつかを書いてみました。

①幼稚園ぐらいの時です。
病院にいって帰る時のことでした。
幼い私は駐車場に向かってひとり勢い良く飛び出しました。
駐車場に飛び出した、その瞬間!
ワゴン車が私のすぐ目の前まできていました。
唐突なことだったので幼い私は固まってしまいました。

ブレーキがかかってワゴン車は急停止。
間一髪、難を免れました。

一瞬でも遅れたら、私の人生はそこで終わってたかもしれません。

②大学生の時のこと。
ある日の夜、近所の道路を自転車で走行してました。

その道は交通量の多いところでした。
そのわりに道路は大分狭く、また歩道も車とすれすれなレベルで狭い。
通るたびに怖さを感じるくらい、人はもちろん自転車が通るにも危険な道でした。

道の途中、車道に降りる段差があってそこを降りましたが、降りたその時!
うまく降りられず、自転車が段差を踏み外してしまい、大きくバランスを崩しました。
自転車がぐら~んぐら~んと左右に大きく何回も揺れて自力では動きをコントロールできませんでした。
交通量が多く、また狭い道ですからとてもとても危険な状況でした。
もし今後ろから車が来たら。
その時本気で『やばい』と思いました。

しばらくしてやっと自転車が落ち着いて停止できました。

はっと後ろを振り向くと

しーん…

辺りは静かで
車は1台もきていませんでした。

ほっとしました。
本当に命の危険を感じましたが、守られたこと、本当に感謝します。

この他にもまだたくさんあります。

③町を歩くとき他の自転車と出会い頭の事故に何度もあいそうになりましたが、一寸の差で衝突を免れました。もしもうあと少し先をいってしまってたら?タイミング次第では?と思うと恐ろしい話です。

④小学生のときクラスメートから石を投げられて後頭部に当たり、立派なたんこぶがしばらくの間できてしまいましたが、その後大きな後遺症もなく済みました。

⑤料理中突然火が立って焦りましたが、すぐ鎮火しました。

⑥料理中、まな板の上においた包丁の柄が腕にかすって包丁が足元に落ちてしまいました。ヒヤッとしましたが、怪我も何もせずに済みました。

⑦大学の実習で9月の山に行ったときスズメバチの偵察部隊?に度々つきまとわれました。

文字通り目と鼻の先の距離で、眼前でブンブンブンブン羽音がするので怖い怖い怖い(泣)

いずれ去っていくものではありますが、何せスズメバチですから。イライラしてますから。生きた心地がしませんでした。それが一度ではなく何度もです。

生きて帰ってこれたことに感謝。山で働く人は命がけです。

⑧大学にある、木の回りを囲んでる丸いベンチで休んでた時、ふと後ろをみたらすぐ後ろで巨大なオオスズメバチが木をよじ登っており/(^o^)\背筋が凍りつきました。声にならない悲鳴。そーっと去りました。

⑨雨か何かで足元が悪い日に駅の階段を降りていた途中、足が滑って落ちそうになりました。やばいと思いましたが、何とか踏みとどまり自分も周囲も事故にあいませんでした。

⑩兄弟の話ですが、兄弟がまだ赤ちゃんのとき、ガーゼが顔に被さってしまったそうです。母は別のところにいて気づいてませんでしたが何故か『様子を見に行った方がいい』という考えが頭に浮かんで、様子を見に行ったらガーゼがかかっていたので急いで外したとのこと。

⑪高校生のとき、生きるなかでうまく行かないことがあり良くないことを考えてしまったことがありましたが、踏みとどまり自分で自分の命に手を掛けずに済みました。

⑫学生のとき、大きな病気にかかってしまいあやうくやばいところでしたが、摂理の方が直感で駆けつけてくれて、九死に一生を得るようになりました。

このように、思い返せば生きるなかで危険に直面して助かったことがたくさんあります。

人生は、一度きり。

ゲームのようなやり返しはきかない、一度終わったら永遠に終わってしまうのが人間の人生です。

生きるということは同時に危険も伴うことを意味します。

一度切れたら終わってしまう人生が一度も切れずに続いてること自体奇跡ではないかと思います。

あらゆる危険を回避したからここまでくることができたといえます。

しかし危険を回避することもすべて自力でできたことでしょうか?

例えば赤ちゃんが自ら危険を判断して自分の身を守ることはできません。

赤ちゃんができない分は代わりにお父さんお母さんがわかって守ってくれます。
それでも人間だから100%とは言い切れません。

赤ちゃんでもそうだから、成長して行動範囲が大きくなったら?

人間は完全ではないし、弱い存在だし、見落とすこともあるし、環境状況の問題などもあるし、自分がいくら気を付けても100%回避しきれるとは限りません。

自分が自分を守ることや人間が人間を守ることには、限界がありそうです。

神様が何故人間を助けるかというと、愛するからであり、またその人を通してなしたい神様の願いがあるからであり、その心をわかって神様を愛して生きることが、くださった神様に恩返しすることだと鄭明析牧師が教えてくださいました。

神様の恩に恩返しする生を生きていきたいです。

この記事を書いた人
たんぽぽ

摂理という宗教に生きる女性社会人です(^^)
◆職種: SE(インフラ系)
第一印象はスポーツ女子に見られる笑
いわゆる女性らしいおシャレはちょっと苦手…素朴さが私の個性だと思って磨いていきます笑!

◆好きなもの
・写真 :花、自然、景色(スマホ、ミラーレス)
・料理 : かぼちゃ料理
・スポーツ : ランニング、サッカー
・動物 : 柴犬!あとは、もふもふ

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