こんにちは、摂理の女性社会人tanpopoです(/・ω・)/
摂理の社会人ということで、わたくし信仰を持ちながら日々社会人生活をしています。
今日、仕事中に神様の働きかけを感じたことがあったので、それについて書いていきます☆
あることについて、取引先とメールやり取りしながら準備していました。
ここにしてもらえますか?と場所を手配し、やり取りも進んで、順調に煮詰まってきてよい感じだ!しかししかし、まさかそのタイミングで、、、トラブルが発生しますた。
ある日先方からメールが来て内容を見ると『これだとダメです』との回答。
どっひぇぇええええええええ(@_@)?!!!!
このタイミングでまさかの、まさかの‥‥これまで計画していたことがここにきて白紙になってしまいました。
代わりの方法をみなで検討したものの代わりのリソースが見つからず、これには困っていました。
ダメもとで打開策を求めてやり取りしていると、ある日その取引先からメールが返ってきました。
その内容にまたびっくり仰天。それが
『たまたま、代わりになるリソースが空いたのでこれを使えばできそうです』
という内容でした。
まじかっ?!そんなことあるん?!‥‥メール見た瞬間ほんとうにびっくりしました!!!(/・ω・)/!!!
だってこのタイミングでたまたま空いたって、すごくない?!こんなに都合いい話ってあるんか?!嘘のような、でも本当の話。
こういうケースは1回2回ではなく、同じようなことがいくらかありました。
前も今回と同じようにリソースがなくて困ってました。このときは割と急ぎでした。
テンパるしかなかったその時!君まさにそのために作られたんかい?!と言いたくなるくらい要件にぴったり合う代替リソースが見つかり、難をしのぐごとができました。まるで誰かが図って準備していたかのように必要なものがぽつんとそこにあるんです。
上司も「あの時作ったものが思ってもみないところで役に立つもんだね!」と思わず喜びのコメント(^^)
まるでパズルのピースが合わさるかのように、必要な時に必要なものが与えられることがたくさんあって、今思い返してみても鳥肌ものです。
いやぁ、これは神様感じるしかない。なぜって
彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。 み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。 この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。 それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。
創世記22:9-14
旧約聖書の一場面より。「主の山に備えあり」とありますが、まさにこれ。
内容を簡単に書くと
アブラハムにはイサクという年老いてから得た息子がいましたが、ある日イサクをいけにえに捧げなさいという神様の声を聞きます。
息子を捧げる…?( ;∀;)え?…普通なら耳を疑う話ですが、アブラハムは神様を信じその言葉に聞き従いました。イサクを祭壇にのせ手をかけようとしたまさにその時、天使がアブラハムを引き止めます。
もうわかった、その子に手を出してはいけない。最も愛するひとり子さえも神様のために惜しまないアブラハムの信仰が、神様の心に認められた瞬間でした。
その後アブラハムが目をあげると、ガサガサ…そこにはなんと羊が一頭。その羊をイサクの代わりに燔祭として捧げるようになり、これをみて「主の山に備えあり」という言葉が聖書に記録されるようになりました。
今回は仕事の話を書きましたが、必要な時に必要なものが与えられる状況に直面する度に、この聖句のことが思い出されます。
アブラハムの話は今から数千年も前の話。正直すごい大昔だし一見自分と全く接点無さそうに見えるんだけれども、良く考えると今の自分との繋がりを感じたりもします。
何というか、当時と状況はもちろん違えども、自分が生まれる数千年前に働かれた、聖書に出てくる神様が架空の存在ではなくて、同じ神様が今も現実に生きて共にしているんだなっていうのを肌で感じるんですよね。
どこか遠い世界にいる神様ではなくて、本当に私たちの近くにいる神様なんだなぁって感じます。
偶然のような、でも偶然とも思えないような助けや働きかけを感じたことが大なり小なり、みなさんの周りでもあったでしょうか。
それはもしかすると、見えない神様の働きかけ、なのかもしれないですね。
コメント