完全であるためには

 

ITの分野で、SPOF(単一障害点)というものがあります。

そこに問題が起きてしまうとシステム全体が停止する部分のことをいいます。

つまりその他のすべてに問題がなくても、その1点の故障によって全体がダメになってしまうのです。

単一障害点がでないように考慮して設計する必要があります。

 

システムに限らず、人間もこれと同じです。

 

<全身>が健康な人なのに、<肺一つ、肝臓一つ、胃一つ、大腸一つ>、あるいは<精神一つ>が病気で治せなければ、それによって<全身>が使えなかったり、死んだりもします。
これと同じく、信仰生活をする中で、全てよくできても、<その中の一つ>に問題が生じたら、それによって<肉と霊全体>が縛られるようになることもあります。
だから完全にやってこそ<全身>と<霊>が全てうまくいきます。

摂理の礼拝の御言葉より抜粋

 

1つができなくて全体に問題が起きると御言葉で学びました。
完全であってこそ問題がありません。しかし、完全にやることは簡単な話ではありません。

問題を自覚していても自分では答えがわからないし、そもそも問題に気づいてすらいない事もあります。どうであれ、解けない限り問題は存在し続け、自分を縛ります。どうすれば完全にできるのか?

 

「完全」と聞くとこの聖句が思い浮かびます。

 

それだから、あなた方の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。

マタイによる福音書5章48節

神様は完全な方です。完全であるためには完全な神様に学ぶこと。やはり、御言葉が必要です。

御言葉は自分を映す鏡となり、今自分が直すべきことを教えてくれます。わかってからは行なうことができるから問題を抜け出し、それ以上その問題にとらわれることはなくなります。
御言葉が人生の答えであり、命のように大切です。

明日は主日礼拝の日、楽しみです♪

この記事を書いた人
tanpopo

摂理という宗教に生きる女性社会人tanpopoです(^^)
◆職種: SE(インフラ系)
第一印象はスポーツ女子に見られる笑
いわゆる女性らしいおシャレはちょっと苦手…素朴さが私の個性だと思って磨いていきます笑!

◆好きなもの
・写真 :花、自然、景色(スマホ、ミラーレス)
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